「ドッペルゲンガー」という言葉を皆さんはご存知であろうか。
それは、「”自分自身の姿”を”自分で”見る」という現象のことを示す。
ホラー話の中で時折登場するこの「ドッペルゲンガー」であるが、これはあくまで”幻想・幻視”の話であろう。
しかしながら、現実の自然界に「ドッペルゲンガー」を体現している樹木がいる。
それが、日本において“サクラ”と言えばこれ、『ソメイヨシノ』である。
『ソメイヨシノ』は、バラ科・サクラ亜科・サクラ属(スモモ属)に分類される落葉広葉樹であり、日本中で3月~4月にかけて咲き誇る(花色は淡紅色~白色)、サクラの最も有名な品種といえる。
「お花見」などで、誰しも一度は目にしたことがあるだろう。
さて、読者の皆さんは、『ソメイヨシノ』が野生種(元々、自然に生えているもの)ではなく、日本で”自然界の偶然なる交配”により、あるいは”人工的な交配”によって誕生したものであることをご存知であろうか。
このような植物を”栽培品種”という。
仮に『ソメイヨシノ』を子として、もし出生届を役所に出すとしたら、以下のようになるだろう。
子の氏名 | ソメイヨシノ【染井吉野】 |
生まれたとき | 江戸時代後期 |
生まれたところ | 染井村 |
父の氏名 | オオシマザクラ【大島桜】 |
母の氏名 | エドヒガンザクラ【江戸彼岸桜】 |
上記のように、江戸時代後期に「父:オオシマザクラのおしべの花粉(精細胞)」と「母:エドヒガンのめしべ(卵細胞)」が“受粉(受精)”して生まれた品種というわけだ。
※上記の「父:オオシマザクラ」は、近年の研究により正しくは「父:オオシマザクラとヤマザクラの交雑種」であることが分っている。
そして、この『ソメイヨシノ』を含むサクラには、“特筆すべき1つの性質”が存在する。
それが、
「自家不和合性」
である。
「自家不和合性」とは、
“自家受粉しても受精しない”
すなわち、
“1つの生体において「自らのめしべ(柱頭)」が「自らのおしべから出た花粉」を受粉しても受精に至らない”
という性質だ。
※一般的に、他の多くの植物は”自家受粉→受精”が可能。
江戸時代に偶然生まれた最初の1本の『ソメイヨシノ』は、無論 “地球上に唯一の存在”であった。
だがしかし、このサクラは「自家不和合性」により”自家受粉”で殖えることができない。
他の『ソメイヨシノ』が存在すれば、受粉のチャンスがあるかもしれないが、偶然の産物であり、唯一の存在であるので、残念ながらその相手はいない。
したがって、このままでは『次世代のソメイヨシノ』を作ることは決してできないことがお分かりいただけるだろう。
では、現在 日本各地に生えている無数の『ソメイヨシノ』の木々たちは一体どこからやって来たのだろうか。
その答えは、
◆挿し木(木の枝を切り取り、それを土壌に植えて殖やすこと)
◆接ぎ木(複数の枝を繋げて、1つの樹木にすること)
というような“無性生殖”という殖やし方にある。
オス・メス(おしべ・めしべ)の生殖細胞が合体することによって新たな生命を残す“有性生殖”と異なり、”無性生殖”は文字通り 雌雄の概念は不要であり、「1個体が単独で殖えること」を意味する。
※無性生殖には、「挿し木・接ぎ木」の他に「アメーバの分裂」「ジャガイモの栄養生殖」などがある。
この生殖方法だと“遺伝子的に全く同じ個体”を生むことになるので、それはいわゆる「クローン」となる。
このようにして『ソメイヨシノのクローン』は日本各地に拡がっていった。
つまり、今 日本に存在する全ての『ソメイヨシノ』の木々は、江戸時代に生まれた最初の『ソメイヨシノ』の分身、すなわち「ドッペルゲンガー」なのだ。
その証拠に『ソメイヨシノ』は、地域によって開花時期に差はあれど、同一地域においては一斉に(同じタイミングで)花が咲く。
主に『ソメイヨシノ』の開花が「桜前線(サクラの開花予想日を表したもの)」に用いられるのは、このためである。
この世の『ソメイヨシノ』は、全て“DNAレベル”で同じ『ソメイヨシノ』。
江戸に最初に生まれた『ソメイヨシノ』も。
昔、家族みんなで花見した満開の『ソメイヨシノ』の木々も。
隣家の庭で寂しそうに立っている『ソメイヨシノ』も。
学生時代、恋人と待ち合わせをした『ソメイヨシノ』の木も……。
いつの時代も”春を告げる美しい花”として、このDNAは永遠(とわ)に咲き続けることだろう。
分類 | |
界 | 植物界 Plantae |
門 | 被子植物門 Magnoliophyta |
網 | 双子葉植物綱 Magnoliopsida |
亜網 | バラ亜綱 Rosidae |
目 | バラ目 Rosales |
科 | バラ科 Rosaceae |
亜科 | サクラ亜科 Amygdaloideae |
属 | サクラ属 Cerasus もしくは
スモモ属サクラ亜属 Prunus subg. Cerasus |
学名
Cerasus×yedoensis ‘Somei-yoshino’ |
|
和名
ソメイヨシノ |